2020-05-20 Wed
ゴールデンウィーク明けに死人を出した報道がされたのに、また人身事故報道だ。車両 対 車両であると通常の交通事故であるため報道されにくく、見えない件数が隠れているのではなかろうか。今回は軽傷らしいが、世間の無秩序な奴らと同様に報道する側が理解してないのが「基本、自転車は歩道を走行してはならない」ってこと。人身事故の前に既に犯罪が積み重なってる。
警察庁見解の「やむを得ず(車道が危険すぎる等)歩道を通る場合は時速5キロ以下の徐行」、いわゆるノロノロ運転を守っていれば大事故の可能性は下がるが、倒してしまっただけでも死傷事故につながる。
ところが現実は、Uber Eats(ウーバーイーツ)配達員のみならず自転車運転手の全員にて、無謀運転、信号無視、逆走、歩道走行(通行区分違反)、速度超過、安全運転義務違反…きりがないほど絶対的に何かの犯罪(違反)者である。
世間の誰がこれを守っているか? 暴走したキチ○イだらけだ。
テレビは例によって軽々しく マナー と呼ぶ。全然違う 法律 だ!
現状は理解させるために「キチ○イ」なる厳しい言葉を使わざるを得ない。頭がおかしい人に、あなたの行為は頭おかしいですよと言っても理解されない。どうしてそこまで狂えるのか?
あおり運転に至るような人間を生む生活環境と関係があるに違いない。
別にUber Eatsだけを蔑視しているわけではなく全体を相手にしてきた。世間中の阿呆どもへの蔑視は車両を運転する能力がないのだから当然の結果である。能力なる言葉を使うとテクニックだと勘違いする阿呆が多そうだな。技じゃなく「道徳」である。
Uber Eatsの配達員とやらはロクに教育も受けてない一般人なわけで、雇われてるのでもない業務委託というのも酷い責任逃れ。「黒船」事業だけのことはある。そこに利用されてる配送員は私が敵視してきた“地方症”たる都市生活不適合者の巣窟となってるから交通違反以外の事件も目立ってきた。外国人も多いらしい。
安易な考えの自転車事業の奴らの被害に遭うと保障されない可能性が高い。
なぜなら自転車の場合は保険料も安くなってることで個人向けであり「事業」は除外されてる。よって自転車の保険という目線から外し「事業」対応の保険に加入しなければならないため、暴走運転をするような奴らが入ってるとは思えないのである。
損害賠償もされない可能性があるならば、法的に事業に対して強制力を発動させるべきである。差別とみられないためにも各種規制を厳しくすれば金儲けができなくなり消えるか、正しい事業形態へと進むしかなくなる。
阿呆どもが阿呆を利用している不健全な構図は消えてくれたほうが世の中のため。地方なら買い物難民もあるが、ここで問題視されてるような連中は大都会のことでしかない。
自滅は勝手だが、他人の命がかかってる問題だということを軽視しすぎている。
「自転車を運転している人は100%犯罪者」と称してきたよう自転車に関しては無知無能。
新百合ヶ丘で起きた(当時)女子大生による事実上の殺人事件が何の教訓にもならず、同じようなことをしたまま自転車を運転して注意しようが逆ギレしてくるガキどもばかり、犯罪行為である認識がない。哀れ。
窃盗を万引きってようにマスメディアお得意の言葉をわざと軽くするため、犯罪が違反と柔らかくされ、違法行為をマナー違反にしてしまう。これでは奴らがしている殺人的行為を認識させることはできない。
頭の病気。 何がどんなに悪事につながるのか知りもしない。
だから未だヘッドホンステレオで音楽聴きながら聴覚を絶ち、スマートフォンを使いながら視覚も絶って歩く異常者に加え、自転車で走行する犯罪者が後を絶たない。
俺が子供の頃に既にウォークマンありましたよ。名前はウォークマンだけど歩きながら使うなんて有り得なかったし、ましてや自転車に乗りながらなんて以ての外。
法律で定めなくても駄目が解るのは希な存在だったようだ。それを解らない奴らが大量に侵略してきて「みんなやってるのに何が悪い」なんて堂々と言い放つから“地方症”なる奇病を有した大多数に激怒し、恐怖してきた。
『先に東京へ来た田舎者の傍若無人な行動を後から来た田舎者が真似をして真っ当だと思い込む』
「人(他人)の振り見て我が振り直せ」とは言うが、それが意味することとは全く違っており、その奇っ怪な行動が理解できない。
週間SPAにあった記事では若者の車離れを理由にしているが、それは違う。幼少期教育から基礎は定まってしまうのである。だから自動車運転免許の取得によって道路交通法を知る知らない以前の問題であるし、普通自動車運転免許証を持っていてもクズはクズであることが示している。
自転車に乗るなら例え幼稚園児でも知って守らなきゃ駄目。
教育は重要。 幼少期教育が全てで、基礎的な人間形成は小中学生では手遅れ。
小さい頃は反抗もするだろうが広くみて大きな違いは、我々の頃は大人から叱られたら「ごめんなさい」に始まり間違ったことを認識する。ところが今のガキどもは基本が「逆ギレ」と腐った育て方をされてる。
既に駄目な親による教育と都市化してもまだまだ被害者に出くわしにくい生活環境が「自己中」しか生み出さない。地方の中高生の自転車通学映像をいくつも見たことがあるが、ヘルメット着用を強制されていても運転としては犯罪者だらけであった。学校は役所同然で責任を取りたくないだけの措置しかしないからで年々と学業のみで生活の仕方にまで口出しをしなくなった。
小学校など周って自転車の事故を教える組織はあるが、そこでパフォーマンスは衝撃を見せるかもしれないが教育としては既に遅い。法律は老若男女に関係なく適用されるのだから幼稚園で自転車に乗せるなら既に「道路交通法」を知って守らせる義務がある。現状、てめえらが守ってないバカ親だらけでは教えることもできない。
世の中がそんな連中なのだからUber Eatsの職に就く奴が安全運転できるはずがない!
交通違反は都市生活不適合、すなわち社会を理解できない連中がしでかす断片の悪行でしかない。
私が自転車愛好家を相当な前にやめた理由は無秩序な連中と同一視されたくないからだった。もっとガキの頃は無秩序だったと思うが、親からではなく社会教育を経て中学生の頃には走行に負担がかかるとあらば高価なライトを買って装着してた。ペダルが重たくなるから付けない世間の阿呆をよそにして。
教育を受けなくても実体験と言うか体で理解して対応していたのだろう。理由を知ることとなるのは成人してからだった。「都会でのライトは暗い夜道を照らすものではなく、自分の存在を知らせるため」。
地方の人は暗いからライトを付けてる。都会では俺がここにいるから突っ込んでくるなよとライトを付ける。“地方症”を患ってる方々は自己中であるため自分が見えてればライトなんて必要ないと思ってしまう。そこが恐ろしく間違って染みついてしまった概念。
侵略者は夜に前照灯をつける理由すらわかってない。暗いから?そんな答えが都市生活不適合者の証。それで都会は明るいから照らさないと馬鹿間抜けの構図。理解するまで違反・加害行為を続けるのだから、まずは去るべき。
警察にお願いしたいのは、今は警察官を叱り飛ばす状態であるので街中の警察官がお手本となるよう軽車両(自転車)においても道路交通法を厳密に守ることと、交通反則通告制度に含まれないからって、こんな阿呆だらけの現実を無視してイエローカードなる法律にもない温情をやめ「赤切符」を切りまくることである。
自転車に乗り続けていれば重箱の隅をつついて罪状を探すようなことじゃなく、あからさまな危険行為だけ拾ったとしても、本来なら前科何千、何万犯の大悪党ってことなんだよ。
なぜそこまで狂うのか、タブー視せず考えてみな。
<追記 2020年5月22日:
フジテレビ「とくダネ」 UberEats配達員を取材。五輪選手に芸人もいると取材。
テレビ局お約束の事件起こして叩いたあとに広告主を持ち上げる取材である。
自覚症状のない阿呆ぶりが映像からも見える。「通行区分違反」の証拠映像だ。
無謀運転だけじゃなく、そもそも違反を理解してない。
普通の人が病人なんですから傍若無人な奴が殺人的な走行であるのは当たり前!
警察は、まずはテメエらが道路交通法を理解して徹底すること。
気軽に歩道を走るし傘さし運転も何が悪いか知らない人間に育った残念さを理解すること。
それができたなら「赤切符」を切りまくり、略式起訴をしまって世間にわからせること。
育ちは重要で、後からの詰め込み理論では解決できないこと証明してくれてる。
警察官になるひとだって同じで地方症に冒されて育ったら理解できないのだ。
現段階で警察官は他人を叱る能力を有してるとは到底思えません。
昔から言われてきた。誰か死なないと動かないって。もう何人も殺されてる。
車両だと何でも事故という名称にされてしまうが、多くが殺人事件である。
あと何人殺されたら動くのでしょうか?
2020年5月25日 TBS「Nスタ」
UberEats配達員の苦悩として紹介したが、傍若無人な運転、違法行為の言い訳にはなりません。
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ところが現実は、Uber Eats(ウーバーイーツ)配達員のみならず自転車運転手の全員にて、無謀運転、信号無視、逆走、歩道走行(通行区分違反)、速度超過、安全運転義務違反…きりがないほど絶対的に何かの犯罪(違反)者である。
世間の誰がこれを守っているか? 暴走したキチ○イだらけだ。
テレビは例によって軽々しく マナー と呼ぶ。全然違う 法律 だ!
現状は理解させるために「キチ○イ」なる厳しい言葉を使わざるを得ない。頭がおかしい人に、あなたの行為は頭おかしいですよと言っても理解されない。どうしてそこまで狂えるのか?
あおり運転に至るような人間を生む生活環境と関係があるに違いない。
別にUber Eatsだけを蔑視しているわけではなく全体を相手にしてきた。世間中の阿呆どもへの蔑視は車両を運転する能力がないのだから当然の結果である。能力なる言葉を使うとテクニックだと勘違いする阿呆が多そうだな。技じゃなく「道徳」である。
Uber Eatsの配達員とやらはロクに教育も受けてない一般人なわけで、雇われてるのでもない業務委託というのも酷い責任逃れ。「黒船」事業だけのことはある。そこに利用されてる配送員は私が敵視してきた“地方症”たる都市生活不適合者の巣窟となってるから交通違反以外の事件も目立ってきた。外国人も多いらしい。
安易な考えの自転車事業の奴らの被害に遭うと保障されない可能性が高い。
なぜなら自転車の場合は保険料も安くなってることで個人向けであり「事業」は除外されてる。よって自転車の保険という目線から外し「事業」対応の保険に加入しなければならないため、暴走運転をするような奴らが入ってるとは思えないのである。
損害賠償もされない可能性があるならば、法的に事業に対して強制力を発動させるべきである。差別とみられないためにも各種規制を厳しくすれば金儲けができなくなり消えるか、正しい事業形態へと進むしかなくなる。
阿呆どもが阿呆を利用している不健全な構図は消えてくれたほうが世の中のため。地方なら買い物難民もあるが、ここで問題視されてるような連中は大都会のことでしかない。
自滅は勝手だが、他人の命がかかってる問題だということを軽視しすぎている。
「自転車を運転している人は100%犯罪者」と称してきたよう自転車に関しては無知無能。
新百合ヶ丘で起きた(当時)女子大生による事実上の殺人事件が何の教訓にもならず、同じようなことをしたまま自転車を運転して注意しようが逆ギレしてくるガキどもばかり、犯罪行為である認識がない。哀れ。
窃盗を万引きってようにマスメディアお得意の言葉をわざと軽くするため、犯罪が違反と柔らかくされ、違法行為をマナー違反にしてしまう。これでは奴らがしている殺人的行為を認識させることはできない。
頭の病気。 何がどんなに悪事につながるのか知りもしない。
だから未だヘッドホンステレオで音楽聴きながら聴覚を絶ち、スマートフォンを使いながら視覚も絶って歩く異常者に加え、自転車で走行する犯罪者が後を絶たない。
俺が子供の頃に既にウォークマンありましたよ。名前はウォークマンだけど歩きながら使うなんて有り得なかったし、ましてや自転車に乗りながらなんて以ての外。
法律で定めなくても駄目が解るのは希な存在だったようだ。それを解らない奴らが大量に侵略してきて「みんなやってるのに何が悪い」なんて堂々と言い放つから“地方症”なる奇病を有した大多数に激怒し、恐怖してきた。
『先に東京へ来た田舎者の傍若無人な行動を後から来た田舎者が真似をして真っ当だと思い込む』
「人(他人)の振り見て我が振り直せ」とは言うが、それが意味することとは全く違っており、その奇っ怪な行動が理解できない。
週間SPAにあった記事では若者の車離れを理由にしているが、それは違う。幼少期教育から基礎は定まってしまうのである。だから自動車運転免許の取得によって道路交通法を知る知らない以前の問題であるし、普通自動車運転免許証を持っていてもクズはクズであることが示している。
自転車に乗るなら例え幼稚園児でも知って守らなきゃ駄目。
教育は重要。 幼少期教育が全てで、基礎的な人間形成は小中学生では手遅れ。
小さい頃は反抗もするだろうが広くみて大きな違いは、我々の頃は大人から叱られたら「ごめんなさい」に始まり間違ったことを認識する。ところが今のガキどもは基本が「逆ギレ」と腐った育て方をされてる。
既に駄目な親による教育と都市化してもまだまだ被害者に出くわしにくい生活環境が「自己中」しか生み出さない。地方の中高生の自転車通学映像をいくつも見たことがあるが、ヘルメット着用を強制されていても運転としては犯罪者だらけであった。学校は役所同然で責任を取りたくないだけの措置しかしないからで年々と学業のみで生活の仕方にまで口出しをしなくなった。
小学校など周って自転車の事故を教える組織はあるが、そこでパフォーマンスは衝撃を見せるかもしれないが教育としては既に遅い。法律は老若男女に関係なく適用されるのだから幼稚園で自転車に乗せるなら既に「道路交通法」を知って守らせる義務がある。現状、てめえらが守ってないバカ親だらけでは教えることもできない。
世の中がそんな連中なのだからUber Eatsの職に就く奴が安全運転できるはずがない!
交通違反は都市生活不適合、すなわち社会を理解できない連中がしでかす断片の悪行でしかない。
私が自転車愛好家を相当な前にやめた理由は無秩序な連中と同一視されたくないからだった。もっとガキの頃は無秩序だったと思うが、親からではなく社会教育を経て中学生の頃には走行に負担がかかるとあらば高価なライトを買って装着してた。ペダルが重たくなるから付けない世間の阿呆をよそにして。
教育を受けなくても実体験と言うか体で理解して対応していたのだろう。理由を知ることとなるのは成人してからだった。「都会でのライトは暗い夜道を照らすものではなく、自分の存在を知らせるため」。
地方の人は暗いからライトを付けてる。都会では俺がここにいるから突っ込んでくるなよとライトを付ける。“地方症”を患ってる方々は自己中であるため自分が見えてればライトなんて必要ないと思ってしまう。そこが恐ろしく間違って染みついてしまった概念。
侵略者は夜に前照灯をつける理由すらわかってない。暗いから?そんな答えが都市生活不適合者の証。それで都会は明るいから照らさないと馬鹿間抜けの構図。理解するまで違反・加害行為を続けるのだから、まずは去るべき。
警察にお願いしたいのは、今は警察官を叱り飛ばす状態であるので街中の警察官がお手本となるよう軽車両(自転車)においても道路交通法を厳密に守ることと、交通反則通告制度に含まれないからって、こんな阿呆だらけの現実を無視してイエローカードなる法律にもない温情をやめ「赤切符」を切りまくることである。
自転車に乗り続けていれば重箱の隅をつついて罪状を探すようなことじゃなく、あからさまな危険行為だけ拾ったとしても、本来なら前科何千、何万犯の大悪党ってことなんだよ。
なぜそこまで狂うのか、タブー視せず考えてみな。
<追記 2020年5月22日:
フジテレビ「とくダネ」 UberEats配達員を取材。五輪選手に芸人もいると取材。
テレビ局お約束の事件起こして叩いたあとに広告主を持ち上げる取材である。
自覚症状のない阿呆ぶりが映像からも見える。「通行区分違反」の証拠映像だ。
無謀運転だけじゃなく、そもそも違反を理解してない。
普通の人が病人なんですから傍若無人な奴が殺人的な走行であるのは当たり前!
警察は、まずはテメエらが道路交通法を理解して徹底すること。
気軽に歩道を走るし傘さし運転も何が悪いか知らない人間に育った残念さを理解すること。
それができたなら「赤切符」を切りまくり、略式起訴をしまって世間にわからせること。
育ちは重要で、後からの詰め込み理論では解決できないこと証明してくれてる。
警察官になるひとだって同じで地方症に冒されて育ったら理解できないのだ。
現段階で警察官は他人を叱る能力を有してるとは到底思えません。
昔から言われてきた。誰か死なないと動かないって。もう何人も殺されてる。
車両だと何でも事故という名称にされてしまうが、多くが殺人事件である。
あと何人殺されたら動くのでしょうか?
2020年5月25日 TBS「Nスタ」
UberEats配達員の苦悩として紹介したが、傍若無人な運転、違法行為の言い訳にはなりません。
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