2020-06-06 Sat
日本の普通だが今年は動いてないだけ体力が落ちている。高温多湿、不快指数が上昇してるが、世の中の人間の不快指数も上がりっぱなしである。かねてより語ってるよう日本人からみれば日本人の民度は急降下だ。きのうのニュースでも埼玉県越谷の道路上で「あおり運転」の加害者のくせに被害者ヅラの異常行動と頭の病気まるだしで、同じことが繰り返される。模倣犯でなければ別人なのに、なぜ同じ異常性を発するのか原因を追及すべき。
社会生活において集団生活能力がなく他人のことを考えられない“地方症”こそ悪の根源だって言ってるのに多数派を形成して落ちぶれてる現実さえ自覚しない。他人と関わるようになり、感づきながら自分の愚かさを認めたくないのかもしれない。だから真っ当な人で順応不可能だと理解した人は都会から去る。
そうして去ったブライダル撮影会社の社長のその後も先週のポツンと一軒家で紹介されたが、彼の発言は都会を理解してない典型であり、だからこそ「うつ病」になりかけたのかもしれない。ですから彼の都会を去った絡みの発言は全てが間違っていた。気づいて去ったからいいようなもので大多数は自分勝手、傍若無人に東京を破壊し続けている。
来るのも、居るのも、去るのも自分勝手。英語も話せないのにアメリカに行って日本語で話し続けるようなもん。世界中に散ってそういうことをしている国の人いますよね。悪さばっかりするので日本でも大迷惑扱いしてきたでしょ。言葉が通じようとも国内で同じことが起きているのだと言うこと、なぜ認識しないのか?
何キロか離れたお隣、里へ下りればみんな知り合い。人数が少なければ当然かと思うし、迷惑かけ放題でも被害者が出ない環境だからコミュニティーが成立しているだけにすぎない。たとえ犯罪であっても被害者がいないので表面化しない。そうした曲がった理論を擦り込まれて育ち、都会という大勢の他人がいる場へやってくると恐るべき迷惑者であることが表面化しても自分で何が悪いのかさえも理解できない。
「隣に誰が住んでるか知らない」…よく田舎の人間が言うセリフだが、本物の都会人はプライバシーなんてないほど周辺の人達を知っていたし知られていた。そりゃそうでしょ、狭い江戸は都市として世界一の人口だった流れが残る場所もあったのだ。小学生の頃の隣の友達とはベランダ(物干し)沿いに渡ってた。おしゃべりおばちゃんたちの恐るべき情報網では知られたくないことすら知られる。何キロ歩く必要もないのだから恐るべき伝達性であった。
「みんな知り合い」なんて言うくせに、なぜ東京へ来たら誰とも関われなくなるのか? 大勢がいるこちらから見れば最初からたいしてコミュニケーション能力を持ってなかったからですよ。田舎で特殊なルールに厳しいくせに、なぜ東京にやってきて自分勝手を繰り返すのか? 疑問が尽きない異常だらけですよ。
私が産まれるから建てた家、周囲は私が小学生の頃には会社員で女性は嫁に出て行ったりしていたから、親はうちより先に高齢化してるわけで、お亡くなりになられると周囲の人間がどうなるのか恐ろしい。そもそもが大量移民した団塊の世代から都市生活不適合者だらけだった。
戦後の悲惨な状況からなのか知らんが「郷に入れば郷に従え」が機能しなかった。近年になって機能させやがったもんだから、とんでもない間違えを生じた。既に都市生活不適合者だらけなのに真似して自分は真っ当だと信じてる間抜け。「ヘッドホンステレオで音楽聴きながら歩く」なんて有り得ないことさえもわからない。
生活を変える気がなく順応できない真っ当な人は去るのだが、大多数は自分の何が悪いのかもわからず逆ギレという人間のクズへ転落する。道の歩き方も知らないに始まり、チャリカスなる傍若無人、隣人との事件に発展したり、あおり運転なる「奇病」に気づきもしない。
願ったり叶ったり、静岡SBSニュースで「コロナで“地方移住”が増える?」なる報道があった。こっちが逃げ出したいくらいだが一時的に熱海に待避する話のとき遺伝子レベルで都会人の俺には無理だと痛感した。
おっさんになって怒ってるんじゃなく青年期の頃から怒ってきて当時から同様な歴史を持つ人達と意見は一致してた。それから長らく経過も落ちぶれる一方なのだから、愚かさに気づけないほどクズで埋め尽くされた悲劇の東京を目の当たりにしてる。「東京いな化」と題して書いたことがあるように今の大多数が都市生活不適合者である。
繰り返し指摘しなければならないが、何が悪いのかも「自覚できない」んだと言うことを自覚しろと。
今後、いったい誰が人間関係を教えるのか!?
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そうして去ったブライダル撮影会社の社長のその後も先週のポツンと一軒家で紹介されたが、彼の発言は都会を理解してない典型であり、だからこそ「うつ病」になりかけたのかもしれない。ですから彼の都会を去った絡みの発言は全てが間違っていた。気づいて去ったからいいようなもので大多数は自分勝手、傍若無人に東京を破壊し続けている。
来るのも、居るのも、去るのも自分勝手。英語も話せないのにアメリカに行って日本語で話し続けるようなもん。世界中に散ってそういうことをしている国の人いますよね。悪さばっかりするので日本でも大迷惑扱いしてきたでしょ。言葉が通じようとも国内で同じことが起きているのだと言うこと、なぜ認識しないのか?
何キロか離れたお隣、里へ下りればみんな知り合い。人数が少なければ当然かと思うし、迷惑かけ放題でも被害者が出ない環境だからコミュニティーが成立しているだけにすぎない。たとえ犯罪であっても被害者がいないので表面化しない。そうした曲がった理論を擦り込まれて育ち、都会という大勢の他人がいる場へやってくると恐るべき迷惑者であることが表面化しても自分で何が悪いのかさえも理解できない。
「隣に誰が住んでるか知らない」…よく田舎の人間が言うセリフだが、本物の都会人はプライバシーなんてないほど周辺の人達を知っていたし知られていた。そりゃそうでしょ、狭い江戸は都市として世界一の人口だった流れが残る場所もあったのだ。小学生の頃の隣の友達とはベランダ(物干し)沿いに渡ってた。おしゃべりおばちゃんたちの恐るべき情報網では知られたくないことすら知られる。何キロ歩く必要もないのだから恐るべき伝達性であった。
「みんな知り合い」なんて言うくせに、なぜ東京へ来たら誰とも関われなくなるのか? 大勢がいるこちらから見れば最初からたいしてコミュニケーション能力を持ってなかったからですよ。田舎で特殊なルールに厳しいくせに、なぜ東京にやってきて自分勝手を繰り返すのか? 疑問が尽きない異常だらけですよ。
私が産まれるから建てた家、周囲は私が小学生の頃には会社員で女性は嫁に出て行ったりしていたから、親はうちより先に高齢化してるわけで、お亡くなりになられると周囲の人間がどうなるのか恐ろしい。そもそもが大量移民した団塊の世代から都市生活不適合者だらけだった。
戦後の悲惨な状況からなのか知らんが「郷に入れば郷に従え」が機能しなかった。近年になって機能させやがったもんだから、とんでもない間違えを生じた。既に都市生活不適合者だらけなのに真似して自分は真っ当だと信じてる間抜け。「ヘッドホンステレオで音楽聴きながら歩く」なんて有り得ないことさえもわからない。
生活を変える気がなく順応できない真っ当な人は去るのだが、大多数は自分の何が悪いのかもわからず逆ギレという人間のクズへ転落する。道の歩き方も知らないに始まり、チャリカスなる傍若無人、隣人との事件に発展したり、あおり運転なる「奇病」に気づきもしない。
願ったり叶ったり、静岡SBSニュースで「コロナで“地方移住”が増える?」なる報道があった。こっちが逃げ出したいくらいだが一時的に熱海に待避する話のとき遺伝子レベルで都会人の俺には無理だと痛感した。
おっさんになって怒ってるんじゃなく青年期の頃から怒ってきて当時から同様な歴史を持つ人達と意見は一致してた。それから長らく経過も落ちぶれる一方なのだから、愚かさに気づけないほどクズで埋め尽くされた悲劇の東京を目の当たりにしてる。「東京いな化」と題して書いたことがあるように今の大多数が都市生活不適合者である。
繰り返し指摘しなければならないが、何が悪いのかも「自覚できない」んだと言うことを自覚しろと。
今後、いったい誰が人間関係を教えるのか!?
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