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まるでタリバン支配に恐怖するアフガン 破壊され、取り残される江戸っ子
道の歩き方も知らねぇ奴らに侵略された事はとっくに解ってるのだが近隣戦争は避けたいものだ。

 私が幼少期から団地やマンションに変わるのを見てきた。新小岩の北は製鉄所だったと聞く。亀戸も工場がサンストリートに変わり、それも潰れてマンション。錦糸公園の北側も工場だった。町工場は人口のドーナツ化現象と共に消えていった。梅ジャムは消え、総武線沿いにあるきなこ棒の製造所だっていつまで残ることやら。幼少期、錦糸町駅の北側はお菓子の問屋がたくさんあったな。

 怪しい動きがあったものの突如として通知されたのが隣の家屋の解体。私が引っ越してきた頃、既に還暦過ぎていたと思われるため、今は90歳前後か、施設に入っていてお亡くなりになったようだ。地方出身者だが温厚な爺さん婆さんだったため全くトラブルはなかった。

 子は既に離れていたから空き屋だったが売るってことに。ちょっと離れたところは隠居で引っ越して民泊にされちまったが、一角の8軒でウチと私より若い夫婦の2軒以外は全て後期高齢者。子は女だから全て外に出てしまってた。

 ここで思い出す。千葉県のユーカリが丘は一気に売らず、居住世代をずらすって計画。それは失敗を経てのことだが、東京は今も昔も強欲どもによってめちゃくちゃであった。

序章として、クズだけに解体業者のクズによる とんでもない作業が思いやられるな。

| emisaki | 2021-11-10 Wed 17:47 | 生活::社会問題 |