サイト内の移動
最新投稿
当年度ブログ内の検索
カレンダー
S M T W T F S
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
<<  2024 - 11  >>


2024 - 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
2023 - 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
2022 - 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
2021 - 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
2020 - 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
2019 - 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
2018 - 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
2017 - 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
2016 - 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
2015 - 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
2014 - 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
2013 - 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
2012 - 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
2011 - 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
2010 - 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
分類
月別の記録
状態
現在: ゲストモード

城東地区住民が思う東京周辺
 便利じゃなく迷惑ごととして、まずは湘南新宿ライン、続いて上野東京ラインの開通からの遅延の拡大、そしてこれから起きる相鉄線の乗り入れだ。西大井から南においては増便に見えるのだが、元来の横須賀線(品川~久里浜)という点では増便されることなく多種を通した横須賀線は頭打ちだ。千葉方面から見て東京行きはあるが、品川行きは存在しないから。

 だから総武快速・横須賀線の場合、品川で京急に乗り換えるにも東京駅より東からは逗子や久里浜行き乗ることになるため、だったら東京駅に向かえるなら総武快速・横須賀線じゃない手段を取り、東海道線で横浜に向かうのもあるが、品川駅も東京駅も巨大ターミナル駅でありながら真っ当に繋がってる他社線が1本しかない。

続きを読む ≫
 品川駅なら京急(泉岳寺から北は都営浅草線)、東京駅なら繋がってると言えるのは地下鉄丸ノ内線だけ。地下鉄東西線、千代田線、都営三田線にしても地下道で繋がってるだけで、JR東京駅にて同じJR京葉線に乗り換える以上に歩くから京葉線に文句付けてる奴らの意味がわからないし、京葉線には有楽町駅から乗り換えることもできる。有人改札で特例的に可能だが、地下道がないため雨の日はしゃれにならない。

 「東京都庁職員専用、庶民は勝手に使いやがれ」的な都営地下鉄大江戸線は大量に難所を抱え、並走する都営バスの路線の多くを廃止して病院へ行きにくくなったと大顰蹙をかったくらい。バスなら病院の前まで行ったのに地下鉄じゃ坂道を上り下りしなきゃいけない(だから復活させた路線がある)。
 そして各所に「乗り換えに使わないほうがいい駅」がいくつもある。一番有名なのが「蔵前駅」で、都営浅草線と繋がってないから地上に出る。六本木駅は起伏の関係で東京メトロ六本木駅、ましてや六本木ヒルズへ行くには使ってはいけないくらい。

 東京駅で皇居方面への地下道ができたから千代田線二重橋前駅へ雨でも濡れずに行けるが、それまでは東京駅の地下を北上し、地下鉄東西線の地下道を通じてから大手町駅へ向かっていた(その場合は大手町駅で乗れるから二重橋前駅まで行く意味はない)。徒歩1キロコースだから乗り換えとして東京も品川もJRとしての価値しかないと思ってる。渋谷や新宿への流れは必然だったのかもしれない。



 東京駅の北部、大手町の神田寄り入口からぐるっと回って東銀座(いわて銀河プラザ前)まで地下道で行けるが約2.8キロ、遠回りで意味はないが八重洲地下からなら約3.5キロが地下のまま。以前に雨でも濡れずに行ける都道府県店舗(アンテナショップ)って考えたことがあるのだが、JR有楽町駅と地下道の接続が少し駄目なのだ。こんなことで地下で繋がっても乗換駅じゃないモグラの巣な東京だ。

 昔からある難所は東西線と丸ノ内線が交差する部分の地下道で下って上る階段。ほかにも都営三田線から東京メトロ日比谷線数寄屋橋交差点地下は日比谷方面や丸ノ内線と日比谷線が交差する銀座駅などちょこちょこ階段があるが、どこも利便性で地下道を繋げてあるだけだから駅単位としてバリアフリーにはなっている。


 不便を自動車が解決してしまった地域の人は若くても「歩きたがらない人」を生みだしてしまったが、1~2駅くらいでいちいち駅まで行くほうが面倒くさいと新橋駅から東京駅、秋葉原くらい歩くのが苦にならない私も高齢化したら何を言い出すかわからない。



 私が京急を便利に使ってたのは仕事先の関係で都営浅草線に接続していたことが便利だったから。個人的に便利だっただけで都営地下鉄はJRより運賃が高い。品川で横須賀線への乗り換えても苦にならないのも、東日本橋、馬喰横山、馬喰町だが、東京メトロ東日本橋からJR馬喰町は地上で問屋街を抜けたほうが早いんだ。地元ならではだが地下迷宮の東京には指示通りに進まないほうが良いところがいくつかある。地上と位置関係が同期させられない方向音痴の人はどこでも駄目だが名古屋や梅田地下(大阪)のほうがシンプルだ。

 京急は久里浜まで行くならJRより圧倒的に便利なのもコースと速度でしょうが、横浜近辺の利点が消えたのが市営地下鉄が開通してから。それまで東急東横線なら桜木町(当時)、JRなら関内からタクシーだったのが、元町・中華街駅からになった。しかし某化粧品屋が不祥事続きで自滅したため仕事がなくなり教育センターなる豪華な施設に行く必要もなくなった。

 カナチューの時刻表なんて見なくてもいいくらいの本数があるが、丘の上は路線バスも通れず不便地帯が多い。だから新興住宅地ごと孤立化するためスーパーマーケットくらいで商業施設が成り立たない。加えて都市生活不適合者が寄り添う街。

 若い頃、NECに勤める友達がいたため武蔵小杉にはちょくちょく行ってたがカッペの塔が建つまでは平和な街でしたが今は建物は綺麗でも人間は自覚なきポンコツだらけなの歩けばわかる。類は友を呼ぶ、さすれば自分の駄目さ加減もわからない。「郷に入れば郷に従え」ではなく「赤信号みんなで渡れば怖くない」のどこが人気の住みたい町なのか意味がわからない。

 「ザワつく金曜日」でも語られたが昔は街ぐるみで社会的に正すことが行われていたが、「悪い事をしてると思ってなく文句言われたからやめた」時代から「悪いことを注意したら逆ギレされる」時代へと落ちぶれてしまった。先日問題になった生理痛で優先席に座ったら隣から画面で差別的な文書を見せてきたジジイが老害と呼ばれるのも脳が萎縮して場を読む力を失って決めつけたからだが、日常的に狂った奴らが多いのも確かなのだ。

 よって各所に存在するが近寄りがたい場所が増えた。その土地土地から学習するという事が消滅して街として自己チューがまかり通るようになり、要求が電車の路線などにも影響を与えているだろう。全員とは言わないが、たかだか300メートルで自動車を使う訳だから、そこから始まる狂った要求には「お客様は貧乏神」と言えるが、企業側がそうした人間で埋められたのも都会を荒廃させた理由。離れて住むも非効率であるが、集まりすぎも非効率だから企業の前に政治が失敗してる。超長期政権だった東京都中央区の前区長が迷惑者が大量に来たのに税収が増えたって喜んでたくらいだからな。



 これら路線開発やテレビ番組などから最近のお上りさんは城西地域、東京都の西部や神奈川県北部に集中してきた。都心の再開発は手詰まりに加えて値段が高すぎるからではないか。それでも「ボンビーガール」なんて番組を見ると世間知らずにも程がある家賃を提示する。東京なら1Kが10万円でも不思議じゃないし、23区内ならボロ屋でもない限りは最低5万円で、それ以下は難ありだが、事件があって調べたとき京都駅から電車で20分、駅から徒歩10分のところが2Kで1万5千円だった。商業地がないとそこまで下がるため更に地方から初めて家賃なんて考える人に大きな感覚のヅレが生じるのも当然。

 都内が駄目でも千葉、埼玉より神奈川がイメージが良いのでしょうが、神奈川って造成地域が多いから千葉や埼玉に比べると元々の平地が少ない。バリアフリーを盾にして都会のシステムを壊して危険性を増しやがったと怒る歩道橋の撤去があるが、自業自得で丘陵地に家を買ったくせに高齢化して勝手に騒いでるのが多いのも神奈川県である。晩年は地方暮らしと言って結局は自動車も運転できなくなればオシマイなので戻ってしまうのと同じ。そうした自己中で失敗した連中のためにも財源、過疎化と集中を防ぐ目的としても「都市生活不適合者迷惑税」なるものをひとまず明治まで遡って先祖が圏内に存在しない者から徴収すべきだと訴えかけてきたのであった。

 外国人従業員だらけで成り立ってるコンビニで、特にアジア人を無差別に見下しているから私が呼ぶところの“地方症”を発症する日本人のクズぶりが問題になってるように歴とした嘘である理由ありの嫌韓より前に遺伝子レベルで集団生活ができない他人の事を先に考えられない日本人に対して堪忍袋の緒が切れてるのであった。

 災害大国の日本では災害対策としても重要で、今は東京が壊滅したら地方に工場があろうとも日本経済はガタガタになる。交通機関は過去にも今にも金儲けが最優先だから乗客を増やすため部分的な街づくりはしたが俯瞰して見ることがなかった。その失敗は介入すべきはずの政治の責任と言える。そういえば遷都の話はどこへ行ってしまったのだろう。「あおり運転」を生み出す生活・教育環境で育った分からず屋に道徳を根付かせるのは不可能と見捨ててしまうなら散らばって住んでいたほうが被害が少ないから式年遷宮を真似て20年ごとに各地へ遷都してはと考えてしまう。

≪ 続きを隠す
| emisaki | 2019-09-07 Sat 22:37 | 生活::社会問題 |
99人の壁って米国のパクリだったのか
記事タイトルを正しい日本語にすると「99人の壁“も”パクリだったのか」でしょう。

 これは知らなかった。ライセンス受けてるならいいけどパクリは駄目ですね。週刊誌記事には100人を99人にして逃げたと。テレビが始まった時から日本も欧米のパクリだらけで平成に入っても変わらずあったが、今は恥ずかしい。わかった時点でボツにすべきでしょ。コンプライアンスとか語る資格ないですね。企画を買ってもほとんど気づかず見るんだから契約すればよい。これからどのツラして番組を海外に売れるのかと考えれば遡ってお金は払わなくてはならない。

続きを読む ≫
 パクリだけに当初は面白かった。日本の悪いところはクイズ番組にしても「芸能人を出して芸能人が賞金をもってゆく」ところで、その点は米国作品のほうが好感を持てる。なぜか日本人は視聴者が参加できるより「見てるだけ」が好きなのだ。

 私はそういうのが嫌いなので、マジカル頭脳パワーだって当初は一緒に考える内容で良かったのに、後年は出演者がゲームやってるだけのつまらん番組になってしまったが、なぜかそのほうが視聴率が上がった。その反動は今の「Qさま」とか「東大王」なる番組だろうが、「たけしのコマネチ大学 数学科」のように深夜番組やCS/BSだけで成立する番組を視聴率が上がったからゴールデンタイムに進出させるって馬鹿としかいいようがなく、必ずと言ってよいほど長続きしない。

 ある期間、フジテレビがBSフジで新人ディレクターに番組を作らせて評判が良ければ吸い上げることをしてた。新しくて楽しいってもBSで放送してた時点で問題点、特に出演者の危険性を感じたのが「逃走中」で、当初は早朝と思われる普通の街中を逃げ回ってたのだ。番組としては楽しいよ、でも、見てて危ないほうが強かった。保阪尚希さんだったかも渋谷でマジで逃げ(隠れ)てましたからね。隠れが禁止とか番組的に面白くないことが更に危険性を増した。事前の考えが甘すぎるテレビ番組制作者側の劣化の例である。既に認められた番組のパクリというのは、それを逃れる手なのかもしれない。


 パクリと言えば現在形でお隣のお家芸ですが、前に指摘したがドラマ「シグナル」は米国の作品をお隣さんがパクったのを日本が筋違いの所へライセンス料を払って日本版を作るという意味不明だった。お隣さんには日本のもたくさんパクられてきたのに、なぜオリジナルの米国に接触しないのか裏を感じた。

 ネタ切れはわかってる。今日のテレ東は多摩川を河口から源流まで行くってやつだが、多摩川も荒川も既にやってる企画である。以前は行ける限り手こぎボードで進んで、行けないところはトラックで輸送ってのもあったな。

 紙製の船にしてどこまで行けるかなら「鉄腕DASH」になる。線路沿いに歩く企画は場所が変わるけど、これは場所が変わらない。10年も経てば街が変わるくらい。そろそろ忘れたと思ってるのかもしれないが、私が忘れないのは当然として、ご老体の方々って昨日喰った物は忘れるけど昔のことは記憶してるんだよね。

 街が変わってるのは人間も変わってるってことだから、コピペ卒論のような世代の連中を新鮮な感覚だとか勘違いし、そのまま取り入れるってのはハイリスク、ローリターンでしょう。

 一般論として、そのくらいいいだろ、と本当の不謹慎を一緒にして考えすぎで視聴者と戦わずして自滅してる。確かにアンパンマンのアンパンチを問題視する異常な親が登場してしまった時代ではある。PTAとやらを敵に回しても「カラスの勝手でしょ~」と言う時代には戻れないのだろうか。それをするには親と子が勉学という意味じゃない馬鹿ではない必要があり、アンパンチを問題視するような出来の悪い親ばかりの現代じゃ無理な相談か。

≪ 続きを隠す
| emisaki | 2019-09-07 Sat 18:57 | 大衆媒体::テレビ・映像 |
学生時代のバイト先が激変してた
 映像やゲームソフトまで手がけた事がある元は出版社だが、ゲームソフト開発はPlayStationが登場したあたりから甘い世界ではなくなったから専門業じゃなければ時代の変化にはついてゆけない。だからって出版は電子化によって更に落ち込んでいる。

 バイトだったからいいようなもの、ワンマン経営で残業代は一定以上でカット、組合の動きあらばクビに持ち込まれそうな今ならブラック企業かな。だってバイトの俺がしょっちゅう終電帰りでしたからね。時給なのが救いでバイトが月200時間って月~土フルタイム勤務と同じになった。授業で抜けてから戻ったりするから出社と退社時刻がわからない奇っ怪なタイムカードだったの思い出した。

 その後、別会社でもCG制作でイマジカに缶詰にされたりしたが、あの当時は儲かったよな。だって、それまで麹町のテシコに1枚500円とかで紙焼きテロップを発注してたのが、パソコンと接続した機器で作れるようになり5書体での初期投資が200万円でも4000枚で元が取れた。数万枚作ってましたからね。スライドなるフィルムにする仕事が消えたように、そうした作品も今ならビデオにする必要なくPowerPointで作ったのから映像化も可能だから時代に乗らなきゃいけないこともある。全編がコマ送りって聖書のレーザーディスク制作を手伝ったの思い出した。

 出版社のほうは非上場のワンマン経営だから突然出てきた息子が引き継いでしまう。その後は知らないけど分かれた会社に吸収合併されてたから経営は失敗したってこと。時代には乗れなかった。さらに親子で同種の別会社を作って出て行って、取締役の名前だけ残ってるってどういうこと?潰れるの見越して資産移しか?外部では全くわからない展開。

 強引なのはワンマン社長だけ。知ってる当時の社員は普通の人達でしたが、もう還暦程度のはず。現在じゃ定年の年齢じゃないのでどうしておられるか。関連のバイト先だった映画配給会社もJCOMの傘下に入ってた。倒産はしてないので通ってた飲食店がなくなってるほうがショックだった。

| emisaki | 2019-09-07 Sat 08:07 | 生活::その他 |